死の淵から見つけた
僕がブログを書き続ける理由
はじめまして
このブログの管理人をしているakiです。
「一体、何をしている人なの?」
もし僕の経歴を履歴書だけで見たなら、採用担当者はきっとそう首を傾げるでしょう。調理師免許を持っているのに、俳優やバンドマンとしてステージに立ち、かと思えば深夜のスーパーで働き、また病院の厨房で白衣を着ている。その傍らで、ありとあらゆる副業に手を出してきた…。
我ながら、一言で説明するのが非常に難しい、回り道だらけの人生を歩んできました。
でも、その全ての経験が、点と点となって繋がり、今の僕を作り、このブログを運営する原動力になっています。少し長くなりますが、僕という人間がどういう経緯でここに辿り着いたのか、自己紹介にお付き合いいただけると嬉しいです。
第一章:料理人への道と、捨てきれなかった夢
僕はごく普通の高校を卒業した後、料理の世界に憧れて調理師専門学校へ進学しました。自分の手で食材を美味しい一皿に変える魔法のような技術に魅了され、無我夢中で包丁を握り、指を切り、鍋を振り、火傷をする毎日。
順当にいけば、卒業後はレストランやホテルに就職し、料理人としてのキャリアをスタートさせるはずでした。
しかし、僕の心の中には、もう一つ燻り続ける炎がありました。それは「表現者になりたい」という夢。スポットライトを浴び、自分の身体や声で誰かの心を揺さぶってみたい。その想いは日に日に大きくなり、ついに僕は、包丁をマイクに持ち替える決断をします。
卒業後、僕は料理の道には進まず、芸能事務所の門を叩きました。俳優として、そしてロックバンドのヴォーカルとして、僕の新たな挑戦が始まりました。
第二章:光と影の芸能活動と、”稼ぐ”ことへの探求
芸能界は、華やかな世界の裏側で、常に厳しい現実が横たわっています。もちろん、それだけですぐに食べられるはずもなく、僕は生活のために様々なアルバイトを掛け持ちする日々を送っていました。
しかし、この時期の経験が、僕の人生をある意味で豊かにしてくれます。
「どうすれば、もっと効率よく稼げるんだろう?」
「時間や場所に縛られずに、収入を得る方法はないだろうか?」
「稼げる仕事を知りたい!そうすれば芸能活動にもっと時間を費やすことができる!」
この純粋な疑問から様々な仕事に挑戦してきました。
僕の探求心に火をつけました。典型的なB型気質で、一度興味を持つとそのことしか考えられなくなる性格。僕は、まさに何かに取り憑かれたように、”稼ぐ”ためのあらゆる方法を独学で学び、実践していきました。
現状でもできる副業にも挑戦してきました!
* YouTube: 動画編集に挑戦し、自分のチャンネルを開設。
* セミナー講師: 自分が培ったノウハウを人に教える側に回ってみる。
* FX: 経済の勉強にのめり込み、短期トレードの世界へ足を踏み入れる。
正直に言って、成功したものもあれば、大失敗したものもあります。しかし、このトライ&エラーの繰り返しの中で得た知識と経験は、お金以上に価値のある財産となりました。そして何より、「知りたい」という欲求が満たされていく感覚が、たまらなく楽しかったのです。
第三章:人生の強制終了 – バイク事故という転機
バイク事故でICUへ

その後も続けていた芸能活動も5年が経った夏のある日、当時バイトの夜勤明けで撮影があり、寝ずにバイクで神奈川の海へ…
撮影は無事終了しあとは無事に帰り夜勤が終わればやっと眠れる…→今考えればだいぶ無茶していたと思います…ただエネルギッシュな僕には何も問題はないと思ってこんな生活をしていました(-。-;
帰りに事故は起きました(起こしてしまいました) 高速道路に乗る手前の道路で力尽きてしまい…そのまま電柱に頭突きしてしまったそうです。その瞬間の記憶はありませんが…目が覚めたのはちょうど額を縫われていた最悪のタイミング…手足を拘束されていて夢か現実かの判断もできずにひたすらに暴れたことを覚えています>< ものすごい汗をかいていた感覚がありました。後になって気がついたのですが、それは血でした…(怖)
ICUにブチ込まれて3週間寝たきり生活
損傷箇所21ヶ所、最初に医者からは「もう歩けないかもしれない」と言われました。 事故の瞬間の記憶もなく不思議なことに身体の痛みはありませんでした。痛み感じる余裕すらなかったのかもしれません…
肺に水が溜まり額を強く打ち付け首もダメージがかかり背中から地面に落ちてその衝撃で臓器の一部にダメージ、後頭部を打ち出血、脊椎圧迫骨折、前歯も5本欠けました。トドメに顔だけで6ヶ所縫いました…
「死」というものが、初めて現実味を帯びてすぐ隣に横たわっているのを感じました。鏡に映る自分の姿、身体中に残った生々しい傷跡を見て、言葉を失いました。当たり前だと思っていた日常が、いかに脆く、奇跡的なものであったかを痛感した瞬間です。
しかし、不思議と絶望はしませんでした。それよりも、「生かされた」という事実が、僕の中でとてつもなく大きな意味を持ち始めました。
「もう一度、自分の足で立って、人生をやり直そう」
その一心でリハビリに励み、事故からわずか3ヶ月後、僕はステージに復帰していました。この経験は、僕の価値観を180度変えました。失ったものも大きかったですが、それ以上に、命の尊さ、生きることへの感謝という、何にも代えがたいものを得ることができたのです。
第四章:再起と原点回帰 – 深夜のスーパーから病院の厨房へ
芸能活動に復帰したものの、僕の心の中では少しずつ変化が生まれていました。もっと地に足をつけた、確かな生活を築きたい。そう考えた僕は、近所のスーパーマーケットに夜勤の正社員として就職することを決意します。
この頃から始めた一人暮らしは、気づけばもう10年以上になります。深夜、静まり返った店内で黙々と品出しをする時間は、これまでの喧騒が嘘のように穏やかで、自分自身と向き合う貴重な時間となりました。
そして、穏やかな日々の中で、僕は自分の「原点」を思い出します。
「そうだ、俺は調理師だったんだ」
人を笑顔にしたい、誰かの役に立ちたい。その想いは、ステージの上で表現することも、美味しい料理で表現することも、根本は同じなのではないか。そう気づいた僕は、再び白衣を身にまとうことを決心します。
現在は、病院の調理担当として、患者さんのための食事を作る毎日です。僕の作った料理が、誰かの回復の助けになっている。その事実が、今、僕の大きなやりがいと誇りになっています。
最後に:このブログに込める想い
俳優、バンドマン、様々な副業、大事故、スーパーの店員、そして病院の調理師など…
僕の人生は、一見すると脈絡のない、寄り道の連続に見えるかもしれません。しかし、その全ての経験は、「興味があることにとことんのめり込み、知りたいという欲求にどこまでも忠実に行動する」という、僕の生き方そのものです。
日本では褒められた仕事のしかたをしているとは思われませんが…それでも様々な仕事を知りたい!
興味があるものに対してのこだわりと集中力は、我ながらとてつもないと自負しています。ひとつのことを調べ始めたら、気づけば1日が終わっているなんてこともザラです。
このブログは、そんな僕の「知りたい」という尽きない欲求のアウトプットの場であり、僕がこれまで経験してきた全ての知識と失敗談を詰め込んだ、”人生図鑑”のようなものです。
このブログが、読んでくださった方にとって、
何か新しい一歩を踏み出す「きっかけ」になったり、
ちょっとした「知識」や「笑い話」になったり、
「こんな生き方もあるんだな」と、少しだけ肩の力を抜く「安らぎ」になったりしたら、これほど嬉しいことはありません。
回り道だらけの人生ですが、その分、皆さんにお伝えできることはたくさんあると信じています。
どうぞ、末永くお付き合い頂けると幸いです!
軽くQ&Aをしてみますね
- Q:名前は? A:aki
- Q:ブログ名の由来は? A:バンド時代の Antares Jennet から
- Q:性別は? A:男性
- Q:血液型は? A:B型
- Q:性格は? A:いじっぱり 攻↑ 特攻↓
- Q:長所は? A:好きなことにはとてつもなく集中します
- Q:短所は? A:イレギュラーが起こると結構焦ります
- Q:お仕事は何を? A:今流行りの仕事
- Q:好きな色は? A:黒、青
- Q:好きな季節は? A:秋
- Q:好きなお店は? A:ドン・キホーテ、ホームセンター、業務スーパー
- Q:好きな食べ物は? A:中華全般
- Q:好きな飲み物は? A:カシオレ
- Q:好きな教科は? A:数学
- Q:好きなYouTubeチャンネルは? A:オカルト系、都市伝説系
- Q:好きな言葉は? A:本質を見抜く
- Q:部活は何部だった? A:陸上部
- Q:睡眠時間は? A:2〜12時間
- Q:今後の目標は? A:ストレスのない生活を送る
こんなで自己紹介とさせていただきますネ。 また更新していきますのでよろしくお願いします!!

