なくなった仕事

エレベーターガール

エレベーターガールの仕事とは?
消えた花形職業の給料・採用条件、そして今を徹底解説!

 

「7階、催事場、〇〇展覧会を開催中でございます。」

独特のイントネーションと美しい立ち姿。
上品な制服に身を包み滑らかにエレベーターを操作する「エレベーターガール」

昭和の時代百貨店を訪れる人々にとってそれは心ときめく華やかな光景の1つでした。

しかし現代においてその姿を見かけることはほとんどありません。
若い世代にとっては、映画やドラマの中だけの存在かもしれません。

この記事では、そんな「なくなった仕事」の代表格である
エレベーターガールのリアルを徹底的に解剖します。
具体的な仕事内容から、当時の給料

そして「本当にまだいるの?」という疑問まで
その知られざる世界を詳しくお伝えします。

 

具体的にどのような仕事?
単なる「ボタン係」ではなかった専門職

エレベーターガールの仕事は単にお客様を目的の階へ運ぶだけではありませんでした。
そこには高いスキルとホスピタリティが求められる いくつもの役割が存在しました。

1. エレベーターの運転操作

今のように「行き先階ボタン」を押すだけの自動運転ではなく
かつてのエレベーターの多くは手動式でした。

エレベーターガールは、レバーハンドルを巧みに操り乗り降りがしやすいように
エレベーターの床とフロアの高さをミリ単位で合わせるという
熟練の技術を持っていました。

2. フロア案内(アナウンス)

エレベーターガールの最も象徴的な仕事です。

「上り、まいりまーす」という発車のアナウンスから始まり
各階に到着するたびに そのフロアの売り場や催事情報を
美しく、聞き取りやすい声で案内しました。

お客様が何を探しているのかを瞬時に察し最適な売り場を提案する
動くインフォメーションカウンターとしての役割も担っていたのです。

3. 接客と安全確保

エレベーターという密室空間で
お客様が快適かつ安全に過ごせるよう常に気を配っていました。

乗り降りの際の声かけ扉への挟まれ防止、満員時の誘導など
安全管理も重要な責務でした。
百貨店の「顔」として、常に笑顔と優雅な立ち居振る舞いが求められました。

 

女性の花形職業、その実態は?

Q1. 女性の花形の仕事ではなかった?

A. はい、間違いなく、当時の若い女性たちが憧れる「花形職業」のひとつでした。

昭和30年代〜50年代の高度経済成長期
百貨店は最新の流行と文化が集まる最も華やかな場所でした。

そこで働くエレベーターガールは、お洒落な制服に身を包み
洗練された言葉遣いで接客する、まさに「モダンガール」の象徴。
地方から上京してきた女性たちの、憧れの的だったのです。

Q2. 容姿は重要だった?

A. はい、非常に重視されていました。

エレベーターガールは「百貨店の顔」であったため
採用基準は非常に厳しかったと言われています。

公式な募集要項には書かれていなくても
実際には身長や容姿、スタイルの良さが合否を大きく左右しました。
清潔感はもちろん、知的で上品な雰囲気が求められ、
まさに選ばれた人だけがなれる仕事でした。

なぜ、エレベーターガールは街から消えたのか?

あれほど華やかだったエレベーターガールが、なぜ姿を消してしまったのでしょうか。理由は大きく2つあります。

1. エレベーターの技術革新(自動化)

最大の理由は
誰でも安全かつ簡単に操作できる「自動運転エレベーター」が普及したことです。
運転という専門技術が不要になり
エレベーターガールが担っていた最も基本的な役割がテクノロジーに代替されました。

2. 企業のコスト削減

エレベーター1台ごとに専属のスタッフを配置するのは
人件費の面で非常にコストがかかります。
バブル崩壊後の長引く不況の中で
多くの企業が経費削減の一環としてエレベーターガールの廃止を進めました。

 

当時の給料と、現代に「生き残り」はいる?

Q1. 当時の給料は?

エレベーターガールが最も華やかだった昭和40年(1965年)頃で見てみましょう。

当時の大卒初任給(男性)
約2万4,000円

エレベーターガールの初任給
月給1万8,000円~2万円程度

当時の高卒女性の初任給としては平均的か、やや良い水準でした。
しかし、その華やかなイメージや社会的ステータスは
給料の額面以上の価値と魅力を持っていたと言えるでしょう。

Q2. ほぼいなくなったけど、生き残りはいたりする?

A. はい、ごく一部ですが
今もその伝統を守り続けている場所があります。

その代表格が東京・日本橋にある「髙島屋日本橋店」です。

ただし現在の彼女たちの役割は かつてとは少し異なります。
エレベーターはすでに自動運転なので運転操作は行いません。
彼女たちの主な仕事はお客様へのご案内と丁寧なおもてなしです。

その存在は単なる案内係ではなく百貨店の歴史と伝統
そして最高品質のホスピタリティを象徴する
「生きるアイコン」となっているのです。

 

まとめ

エレベーターガールは、手動技術の時代と百貨店が文化の最先端だった
特定の時代の日本が生んだ、まさに「花形職業」でした。

その姿が消えていったのは、テクノロジーの進化と
経済合理性の追求という、時代の必然的な流れだったのかもしれません。

しかし彼女たちが体現していた、人の心に寄り添う丁寧な「おもてなし」
の精神は形を変え、今もなお日本の優れたサービス文化の根底に息づいています。

もし、どこかの百貨店でエレベーターガールに出会う機会があれば
それは古き良き日本の「おもてなしの心」
出会う貴重な瞬間なのかもしれません。

他の仕事を見てみるCheck

ABOUT ME
aki
akiです。過去の交通事故で夢を諦め、人生の挫折から多くを学びこれからの人生をより豊かに生きるため日々精進しております。 調べることが大好きでわからないこと知りたいことがあればとにかく調べるやってみる!好奇心が絶えません!